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東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)65号 判決 1984年7月19日

原告 古市滝之助

被告 東京国税局収税官吏

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

1  (本位的請求)

下谷税務署収税官吏小池和夫が昭和五七年三月二九日東京都台東区北上野一丁目一番九号において別紙物件目録記載の物件についてした差押処分を取り消す。

2  (予備的請求)

下谷税務署収税官吏小池和夫が昭和五七年三月二九日東京都台東区北上野一丁目一番九号において別紙物件目録記載の物件についてした差押処分が無効であることを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二原告の請求原因

一  原告は、昭和五六年一二月中旬以降、東京都台東区北上野一丁目一番九号所在の店舗において、所轄下谷税務署長から酒税法九条一項の規定による酒類の販売業免許を受けないで継続的に酒類の販売をしていたところ、下谷税務署収税官吏小池和夫は、原告の右行為が酒税法九条一項の規定に違反するとして、国税犯則取締法二条一項の規定に基づき、昭和五七年三月二九日、右店舗において、原告の所持及び所有に係る別紙目録記載の物件について差押処分(以下「本件差押処分」という。)をした。

二  しかしながら、販売場の所在地の所轄税務署長の免許を受けなければ酒類の販売業をしてはならないとする酒税法九条一項の規定は、以下に述べるとおり、憲法二二条一項に規定する職業選択の自由の保障に違反する無効なものであるから、酒税法九条一項の規定に違反するとしてされた本件差押処分も違法、無効である。

1  合憲性の判断基準

憲法二二条一項に規定する職業選択の自由の保障は、狭義における職業の選択、すなわち職業の開始、継続、廃止における自由のみならず、選択した職業の遂行、すなわち職業活動の内容、態様における自由の保障をも包含するところ、酒税法九条に規定するような営業の許可制は、単に職業活動の内容、態様に対する規制にとどまらず、狭義における職業の選択そのものを直接制約する最も徹底した規制にほかならないから、これを合憲と認めるためには、強い合理的根拠が存在しなければならない。

そして、営業の許可制が合憲であるとして是認されるためには、第一に、規制の目的自体が公共の利益等適合する正当性を有すること、第二に、目的と規制手続との間に合理的関連性が存在すること、第三に、規制によつて失われる利益と得られる利益との間に均衡が成立することの三要素がすべて充足されなければならない(最高裁昭和四七年一一月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五八六頁、最高裁昭和五〇年四月三〇日大法廷判決・民集二九巻四号五七二頁)。

しかしながら、酒税法による酒類販売業免許制度は、以下に述べるとおり、右の三要素を充足していないから、これを合憲と認めることはできない。

2  規制目的における正当性の欠如

(一) 被告は、酒類販売業免許制度が「酒税の保全」という目的を有しているから、憲法二二条一項にいう「公共の福祉」に合致すると主張する。

しかしながら、憲法二二条一項において保障する職業選択の自由は、公共の福祉による制約は受けるとしても、その規制は、社会生活における個人の生命、身体及び財産の安全を保障し、経済活動がもたらす弊害を除去ないし緩和するための警察的諸規制並びに、憲法が全体として企図している福祉国家的理想のもとに、積極的に社会及び経済の均衡のとれた調和的発展を企図して一定の規制措置を講ずる目的のためにのみ許されるのであつて、「租税政策」その他種々の「政策」に名をかりた恣意的、便宜的な制約が許されるものではない。これは、職業選択の自由及びこれに基づく国民の経済活動の自由の保障が表現の自由及び精神の自由の保障とともに憲法における基本権保障の二つの中核部分を成していることを考えれば明白である。

そして、被告が主張する「酒税の保全」という目的は、右いずれの規制原理にも該当せず、職業選択の自由を制限する根拠として要求される目的における正当性を欠如しているものであつて、右目的を理由とする基本権の規制は違憲である。

(二) 被告が主張する右規制目的が許容されない第一の理由は、歴史的沿革にある。職業選択の自由及び営業の自由は、日本国憲法二二条一項、ワイマール憲法一一一条、ボン基本法一二条及び世界宣言二三条に明定されているほか、憲法規定の有無を問わず世界の市民社会を支配する普遍的原理である。これは、自由な経済活動が拘束され、租税徴収の目的のために営業が許可制のもとにおかれてきた封建制への抵抗を通して確立されてきたものである。つまり、租税徴収の確保を目的とした許可制は、わが憲法が基盤とする自由経済と福祉国家の原理とは全く相いれないものであつて、むしろ近代憲法によつて打破された前近代的、封建的拘束にほかならない。

(三) 第二に、租税収入確保を目的とした制約が許容されるならば、国民の経済活動の自由は根本から覆滅される。

仮に、酒税収入確保を目的とした営業許可制が憲法上正当なものであるならば、他の間接国税の収入確保を目的とした営業許可制もまた正当視されるのであつて、両者の間に径庭は存在しない。そうであるならば、国民の経済活動のほとんどすべての領域が徴税対象とされている現代社会においては、国民が従事するほとんどすべての職業を国家の許可制のもとにおくことも憲法上許容されることとなり、国民の職業選択の自由は、国家の「租税政策」次第でどのようにでも左右され、その結果、憲法二二条一項に規定する基本権の保障は全く空文化されてしまうことになる。

したがつて、酒税収入確保という目的が職業選択の自由に対する規制根拠として憲法上許容されず、酒類販売業免許制度が違憲であることは明らかである。

3  規制手段における合理的関連性の不存在

(一) 仮に、「酒税の保全」という目的自体が職業選択の自由を制限する理由として正当なものであるとしても、酒類販売業免許制度は、次に述べるとおり、その規制の手段、態様において著しく合理性を欠くことが明白であつて、右目的達成のために必要な合理的手段であるとは到底認められない。

(二) すなわち、まず、酒税法六条によれば、酒税を納付すべき義務者は、酒類の製造者又は酒類を保税地域から引き取る者であつて、酒類の販売業者ではない。したがつて、仮に、「酒税の保全」という目的が職業選択の自由を規制する目的として正当なものであるとしても、酒類製造者又は酒類引取者を免許制度のもとにおくことで足り、酒類販売業者を右目的のために免許制度のもとにおかなければならない合理性は存在しない。

(三) 被告は、酒類代金が販売先に停滞することなく、順調に酒類製造者に回収されることが酒税収入の安定に資するのであつて、そのためには健全な酒類販売業者の存在が必要であり、これが酒類販売業者を免許制度のもとにおく理由であると主張する。

しかしながら、酒類製造者も一個の企業人であるから、自己の製造した酒類を販売する相手方の資力、信用については一般の企業が払うのと同様な注意を当然に払つて取引するわけであり、そのような注意能力はもとより有するわけである。したがつて、それ以上に、酒類製造者を政府が後見的に保護しなければ、酒税収入の安定を害するという事情は見当たらない。

殊に、酒税法一〇条一〇号は、酒類の販売業免許の申請者がその経営の基礎が薄弱であると認められる場合を免許の拒否事由として掲げているが、同法一四条における酒類の販売業免許の取消事由中には右のような場合が掲げられていないから、一たん酒類の販売業免許を得た者は、たとえその後経営の基礎が薄弱となつても免許を取り消されることはないのである。仮に、被告が主張するように健全な酒類販売業者の存在が酒税収入の安定のために必要不可欠であるとするならば、経営の基礎の薄弱を免許の取消事由としなければならないはずであるが、酒税法上からも、その合理性を主張することはできないのである。

そもそも、納税義務者の資産上ないし資金上の安定を図るため、これと取引する者の営業をすべて免許制度のもとにおくことが許されるとすれば、この世の中の営業で免許制度の対象とならないものは一つとしてないことになるが、そのような暴論が憲法二二条一項のもとにおいて成立する余地のないことは明らかである。

(四) 更に、酒類販売業者を免許制度のもとにおくことが、著しく不合理であることは、次の点からも明白である。

酒税法は、酒税徴収を確保するために、まず、酒類製造者に対して、申告書提出義務(三〇条の二)、各種事項の帳簿記載義務(四六条)、申告義務(四七条)、質問検査・検定受認義務(四九条、五三条)、承認を受ける義務(五〇条)、届出義務(五〇条の二)、酒税証紙貼付義務(五一条)を課し、その懈怠に対しては刑事罰をも科する(第九条)ことによつて課税対象及び税額の把握に遺漏なきことを期し、更に、国税庁長官、国税局長又は税務署長は、酒税の保全のため必要があると認めるときは、酒類製造者に対して金額及び期間を指定して酒税につき担保の提供を命ずることができ、提供すべき担保がないときには、担保の提供に代え納税の担保として酒類の保存をも命ずることができる(三一条一項)こととし、これを受けて、同法施行令及び国税庁基本通達は、担保提供を命じうる条件、期間、担保物件の種類及び物件評価の詳細について定めている。しかも、酒税は、酒類製造者がその製造場から酒類を移出した月の翌月末日までに国に納付しなければならないものとされていて(三〇条の四第一項、三〇条の二第一項)、極めて短期の納期限が定められており、酒類製造者の資産、信用等の変化による影響を受けないように配慮されている。かように酒税法並びにこれに基づく同法施行令及び国税庁基本通達は、納税義務者から酒税徴収を安定して確保する目的のために、二重、三重にわたる万全の方策を講じているのである。

それに加えて、酒税徴収の確保を図るという名目のもとに、酒税の納税義務者でもない酒類販売業者まで免許制度のもとにおくことは、いわば屋上に屋を重ねる無用の措置というべきであつて、目的達成のために必要な合理性を著しく欠くことが明白である。

(五) むしろ逆に、酒類販売業の自由競争を認めれば、その活発な販売競争によつて販売量が増大し、酒税徴収額も増加することは、自由競争世界における経験則から明らかである。酒税法が酒税徴収の確保を名目として営業を制限し、免許制度を採用することは、右の経験則に逆行するものであつて、この意味においても著しく合理性を欠くものであることが明白である。

4  利益考量

(一) 職業選択の自由に対する規制が合憲であると認められるためには、規制によつて得られる利益と、これによつて制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を比較考量して、なお妥当性が認められることを要するが、酒税法による酒類販売業免許制度は、この利益考量の要件においても著しく妥当性を欠くことが明白である。

すなわち、既に述べたように現行制度は酒類製造者から酒税徴収を確保するため万全の措置を講じているのであるから、更に酒類販売業者をも免許制度のもとに規制したとしても、これによつて国家に付加される利益は僅少なものにすぎない。これに対して、免許制度のもとで不許可処分を受けた申請者は、希望する酒類販売業の開業自体を完全に抑制されて職業選択の自由を全面的に剥奪されるから、その不利益の程度は著しく重大である。

(二) しかも、酒税法は、先に酒類製造者に関して指摘した酒税徴収確保のための諸方策、例えば各種事項の帳簿記載義務(四六条)、申告義務(四七条)、質問・検査受忍義務(五三条)、承認を受ける義務(五〇条)、届出義務(五〇条の二)、酒税証紙貼付義務(五一条)を酒類販売業者に対しても課し、その懈怠に対しては刑事罰(第九章)をも科しているのである。酒税収入確保という目的ならば、営業活動の態様、内容に対する右のような規制手段によつて十二分に達成できる。右の態様の規制を超えて、そもそも営業活動の開始すら許さないとする免許制度を採ることは、酒類販売業を希望する国民に対して重大な損害を与えるものであつて、著しく均衡を失している。

三  本件差押処分に係る別紙物件目録記載の物件は、昭和五七年四月一二日、国税犯則取締法一一条四項の規定に基づき、下谷税務署収税官吏小池和夫から被告に引き継がれた。

四  よつて、原告は、本位的に本件差押処分の取消しを求め、予備的に同処分の無効確認を求める。

第三請求原因に対する認否

一  請求原因一及び三の事実は認める。

二  同二の主張は争う。

第四被告の主張

一  職業選択の自由とその制約

1  職業選択の自由の性格

憲法上の自由権的基本権を大きく分類すると、思想・良心の自由、信教の自由、表現の自由等の精神的自由権と、財産権の不可侵等の経済的自由権に分けることができ、職業選択の自由は経済的自由権に含まれる。

精神的自由権は、民主主義の生命線ともいわれ、近代国家における基本権のうちでも最も基本的なものであるから、経済的自由権に対し優越的地位が認められている。

経済的自由権も、その歴史的過程をみれば、絶対的保障を要する基本権として樹立されたものであるが、資本主義の発展に伴い、資本主義経済の弊害の是正及び国民経済の均衡のとれた調和的発展という観点から、国家による積極的な介入が要請されるに至り、政策上の規制の対象とされることとなつたのである。

2  職業選択の自由の制約

職業選択の自由は、すべての人権に内在するいわゆる内在的制約のほか、国家が経済的自由に対して規制を加える必要があるという歴史的要請から、社会国家的立場に基づく政策的制約を受けるものであり、憲法二二条一項にいう「公共の福祉」には政策的制約が含まれるものとされている。

内在的制約というのは、要するに、人権といえどもしたい放題のことをする権利ではないということを意味するのであるが、具体的には、他人の生命、健康への配慮、他人の人間としての尊厳への配慮、人権相互の調整等の観点から導かれる人権の限界であるということができ、こうした観点から人権の制限を消極目的の制限と呼ぶことができる。

これに対し、政策的制約は、経済的自由に対して積極的な政策目的のために加えられるものであり、こうした観点からの制限は積極目的の制限と呼ぶことができる。

二  職業選択の自由の制約の憲法適合性に関する司法審査の基準

1  消極目的の制限と積極目的の制限の区別の意義

前記のとおり、職業選択の自由は、消極目的の制限と積極目的の制限を受けるものであるが、同じ職業選択の自由に対する制限をこの両者に区別する実際的な意義は、職業選択の自由を制約する具体的な規制制度の規制目的が右両者のいずれに属するかによつて、その制度の合憲性を判断する場合の司法審査の基準が異なるところに現れる。

2  最高裁判例にみる司法審査の基準

職業選択の自由の制約の憲法適合性に関する司法審査の基準を明らかにした最高裁昭和四七年一一月二二日大法廷判決(刑集二六巻九号五八六頁)及び最高裁昭和五〇年四月三〇日大法廷判決(民集二九巻四号五七二頁)を整理すると、次のようになる。

すなわち、職業選択の自由に対する積極目的の制限の場合は、規制の目的において一応の合理性が認められ、また、規制の手段、態様においても、それが著しく不合理であることが明白でない限りは、その規制は合憲である。一方、消極目的の場合は、規制の目的における基準は必ずしも明確でないが、規制の手段、態様においては、よりゆるやかな制限によつては規制の目的を十分に達成することができないと認められることが合憲性の審査基準となる。

ことばを換えれば、消極目的の制限については厳格な基準を適用するが、積極目的の制限については強度の合憲性を推定し、よりゆるやかな基準によつて審査すべきであるというのである。

三  酒類販売業免許制度の目的

1  酒税法は、酒類販売業免許制度の目的について直接明言した規定は設けていないが、昭和一三年から施行された同制度の立法の提案理由として「酒税ノ保全ヲ期スル為メ」とされていたこと、酒税法一〇条一一号には免許を拒否しうる消極要件として「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため………販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合」を掲げていること、同法一一条一項が「……販売業免許を与える場合において、酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持するため必要があると認められるときは、……条件を附することができる。」と規定していること、同法一四条が二年以上引き続き酒類の販売業をしない場合に酒類の販売業免許を取り消すことができる旨規定していること等に着目すれば、酒類販売業免許制度の目的は、「酒税の保全」という基本目的のために「酒類の需給の均衡の維持」を図ることにあると認定できる。このことは、酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律(昭和二八年法律第七号)一条、八四条三項の各規定からもうかがい知ることができる。

2  「酒税の保全」という基本目的は、更にいくつかの側面から考察することができる。

第一に、酒税の逋脱防止の目的である。酒税法一〇条が、免許申請者等が過去において法律違反の事実があつたなど遵法精神に欠けるところがあると認められる場合(一号ないし五号、七号、八号)、取締上不適当と認められる場所に販売場を設けようとする場合(九号)を消極要件としていることは、酒税の逋脱を企て、又は、これに荷担する危険性が高い場合に免許を拒否できることにしたものと解しうる。

第二に、酒税の滞納防止の目的である。酒類販売業者は酒類製造者と担税者(消費者)を結ぶパイプ役であり、いわば酒税の間接的な徴収機関といえる重要な地位にあるのであるから、酒類販売業者の経営内容が悪化すれば納税義務者たる酒類製造者の納付すべき酒税の回収が困難となる。酒税法一〇条六号が、免許の申請者が滞納処分を受けた者である場合、すなわち資力が不十分である場合を消極要件としているのは右の趣旨である。

3  「酒類の需給の均衡の維持」という直接の目的について考察すれば、それは社会経済政策の見地から、消費者の需要に対して適正に、つまり過不足なく供給しうるよう、酒類販売業者の乱立や過当な販売競争を防止し、その経営の安定を図ることを目的とするものである。

そもそも、昭和一三年に酒類販売業免許制度が導入された契機として、当時は酒類販売業者が乱立して販売競争が激化の一途をたどり、乱売の結果倒産等のやむなきに至る者が続出し、ひいては当時の酒税(造石税)の納税義務者であつた酒類醸造業者もその影響を受けて売掛代金の回収に多大の困難を来し、その数も激減したという社会的、経済的な事情があつたのである。

四  酒類販売業免許制度の合憲性

1  規制目的の合理性

(一) 酒類販売業免許制度の基本目的は、前記のとおり酒税の保全である。

酒税は、わが国の租税収入中、常に上位を占める重要な地位にあつて極めて安定した収入をもたらしており、酒税徴収の確保は国家財政上極めて重要な課題であるから、酒税の保全という基本目的が財政政策の一種であることは明らかである。

すなわち、酒類販売業免許制度は、前述したところの職業選択の自由に対する積極目的の制限に属するものである。

したがつて、酒類販売業免許制度の合憲性の司法審査の基準としては、規制の目的において一応の合理性が認められ、また、規制の手段態様においてもそれが著しく不合理であることが明白でない限りは、合憲と判断されるべきである。

(二) 請求原因二2(一)に対して

酒税の保全という酒類販売業免許制度の基本目的は、憲法二二条一項にいう「公共の福祉」に含まれ、同条項に違反するものではない。

すなわち、国は国民生活の安定の確保のみではなく、社会、経済の発展をも図るべき重大な責務を担つているのである。これらの責務を果すために、国は、予めこれに要する経費を調達しなければならないのは当然のことであるが、更にその前提として、国の存立の維持及び統治機構の運営のための経費を調達する必要があることもまた自明の理である。この経費は租税によつて賄われるのであるから、憲法は、国の重要な権能として租税の賦課徴収権を認め(八四条、八六条、六〇条)、これに対して国民の納税義務を明記しているのである(三〇条)。したがつて、租税の確保の要請は、憲法二二条一項にいう「公共の福祉」に含まれるといわなければならない。

また、もとより租税の確保のために、憲法の枠内において、いかなる租税を課し、いかなる方法で徴収するかは、租税法律主義の原則(憲法八四条)に基づく立法府の政策的、技術的な裁量に委ねられているのであつて、酒税という税目もこの立法裁量によつて採用されているのである。

このように、酒類販売業免許制度は、酒税の保全を基本目的とし、併せて酒類販売業者の経営の安定を図つているのであり、それは、憲法二二条一項にいう「公共の福祉」に含まれるものであるから、規則の目的において十分の合理性を有している。

(三) 請求原因二2(二)に対して

今日の酒税は、整備された近代的租税体系の一環を成しており、主要各国の多くは酒税を賦課すると同時に免許制度を設けているのであつて、原告の右主張はこれらの事実を無視するものといわなければならない。

(四) 請求原因二2(三)に対して

租税目的により営業許可制を各種営業に極端に拡大させるという非現実的な状態を仮定して、現行の酒類販売業免許制度の違憲性を主張するのは、論理の飛躍である。酒税法は、租税収入のうちに占める酒税の重要な地位及び高税率のため密造酒等が横行しやすいという特別の属性に着目し、後記のとおり、合理的な範囲内における規制の手段、態様を採用して酒類販売業免許制度を規定しているのである。この点を無視した原告の右主張は失当であるといわなければならない。

2  規制の手段、態様の合理性

(一) 酒税法一〇条は、免許の許否の権限を有する税務署長の恣意的な判断を排除して免許処分の公正が期せられるよう、免許を与えないことができる場合の消極要件を制限列挙しており、免許を与えることを原則としている。同条の掲げる消極要件の中には、必ずしも一義的でないもの、すなわち、「正当な理由がないのに取締上不適当と認められる場所に………」(九号)、「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」(一〇号)、「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため………免許を与えることが適当でないと認められる場合」(一一号)のように税務署長の認定判断を経ることを予定しているものもあるが、この税務署長の認定判断権も法規裁量と解され、免許を拒否された申請者の法的救済手段に欠けることはない。

(二) 請求原因二3(二)に対して

酒類製造者に加えて酒類販売業者をも規制する理由については、高率の酒税の納税義務を負担する酒類製造者等は、消費税たる酒税を担税者たる消費者に代わつて納付しているのであるから、酒類が製造者等のもとから適正な商品取引の流通過程に乗つて消費者のもとに供給され、もつて酒税が担税者(消費者)に転嫁されなければならない。そして、酒税の転嫁の過程をみるならば、酒類販売業者は、酒類製造者と担税者(消費者)を結ぶパイプ役であり、いわば酒税の間接的な徴収機関といえる重要な地位にあり、酒類製造者としては酒類販売業者から酒類販売代金が確実に回収されなければ納税の負担に耐えることができなくなるのである。したがつて、酒類販売業者の経営の安定を図ること、また、信頼しうる酒類販売業者に販売業の任に当たらしめることは、極めて重要な要請であつて、酒類販売業者を規制することは必要かつ合理的なことなのである。

(三) 請求原因二4(二)に対して

酒類販売業者に対する規制手段として原告が主張するような手段あるいは届出制を採用するならば、極めて多数に及ぶ全国の酒類販売場の数(昭和五六年三月時点で約一七万場であり、他業種と比べてもかなり多い。)からしても、また、規制をゆるめることで酒類販売業者として新規参入してくる者の数が従前以上に増加することが予想されることからしても、酒類販売業者に対する十分な指導、監督を行うためには、行政事務量の増加に伴うより多数の人員と経費を必要とすることは必至である。このような行政事務及び財政に対するマイナス要因は極めて大きいものであつて、現実にはほとんど実施は困難であるといわなければならない。酒類販売業免許制度は、酒税の保全及び酒類販売業者の経営の安定を図るために合理的かつ最良の手段として制定されたものである。

(四) 酒類販売業免許制度は、以上に論証したとおり、その規制の手段、態様及び対象において、十分の合理性と必要性が認められるのであつて、著しく不合理であることが明白とは到底いえない。

(五) そして仮に、前述した職業選択の自由に対する積極目的の制限の場合の司法審査の基準をひとまずおくとしても、以下に述べるとおり、酒類販売業免許制度という規制の手段、態様は、その立法事実に照らして、十分の合理性と必要性があり、合憲であることは明らかといわねばならない。

一般に法律の基礎にあつてそれを支える社会的、経済的な事実を立法事実というが、これを立法目的達成手段の合理性を検討する場合についていえば、立法以前に存在した状態、それを改善する新しい立法の実効性、それから生ずる損失、より少ない犠牲で同じ利益を達成できる可能性等を考慮して判断することを要するのである。

酒類販売業免許制度が導入された当時の状況が酒類販売業者の乱立、乱売によつて由由しい事態となつていたこと、免許制度よりゆるやかな規制手段では同じ目的を達成することが困難であることは、前述したとおりである。そして、酒類販売業免許制度が導入されて現在に至るまでのその制度の実効性、必要性については、酒類販売業者の経営の安定が維持され、酒税が効率的、かつ、安定的に確保されており、かといつて新規参入者を厳しく制限していることもなく、消費者の需要に対して公正な供給が実現されていることからも認めうるところである。仮に、酒類の販売業免許を廃止し、酒類販売業者を自由競争のもとにおいたならば、そのほとんどが中小零細業者であり、他業種に比べてマージン率も低く、酒類の需要が伸び悩んでいる現状に照らせば、業者の乱立あるいは大資本の経済的圧迫に抵抗力の少ない販売業者としてはその存立がおびやかされ、ひいては酒税の確保に困難を来す事態を生ずるおそれもあるのである。

以上の次第であるから、立法事実に照らしても、酒類販売業免許制度は十分にその合理性と必要性が認められるのである。

3  結論

以上詳論したとおり、酒類販売業免許制度は、その酒税の保全という目的においてその必要性と合理性が認められ、これを達成するための手段、態様においても合理的と認められるものであつて、憲法に適合するものというべきである。

第五証拠<省略>

理由

一  請求原因一及び三の事実は、当事者間に争いがない。

二  酒税法九条一項本文は、酒類の販売業をしようとする者は、政令で定める手続により、販売場ごとにその販売場の所在地の所轄税務署長の免許を受けなければならない旨規定しているところ、原告は、本件差押処分の違法・無効事由として、酒類販売業について免許制度を採用した右酒税法九条一項の規定が職業選択の自由を保障する憲法二二条一項の規定に違反し無効であることのみを主張するので、以下この点について判断する。

憲法は、国の責務として積極的な社会経済政策の実施を当然に予定しているのであつて、個人の経済活動の自由に関する限り、個人の精神的自由等に関する場合とは異なり、右社会経済政策の実施の一手段として一定の合理的規制措置を講ずることを当然に予定し、許容しているものと解される。しかして、社会経済政策上の積極的な目的のために個人の経済活動の自由に対してされる法的規制措置については、その規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、その具体的内容及びその必要性と合理性については、主として立法政策の問題として、立法府の政策的、技術的な裁量的判断を尊重するのを建前とし、裁判所がその合憲性を判断するに当たつては、立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であることの明白である場合に限つて、これを違憲として、その効力を否定することができるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四七年一一月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五八六頁参照)。

これを本件についてみると、酒税法は、酒税がわが国の租税収入中に重要な地位を占めていることから、国家財政上の重要な収入の確保を図ることを主たる目的として、酒類の製造及び酒類の販売業について等しく免許制度を採用しているものである。このように、酒税の納税義務者である酒類製造者についてのみならず、酒類販売業者についても免許制度を採用したのは、酒税が一般的に極めて税率の高い間接消費税であり(このことは、酒税法二二条の二に規定する従価税の税率と物品税法別表の税率とを対比することによつても明らかである。)、酒類販売業者が酒類製造者と担税者である消費者とを結ぶ役割を担つていること(成立に争いのない乙第六及び第一〇号証の各一ないし三によれば、昭和五六年三月三一日現在の酒類販売場数は一七万二一二二か所に及んでおり、他方、昭和五七年度当初の酒税収入見込額は一兆九六一〇億円であつたことが認められるから、一販売場当たりに転嫁される年間酒税額は、同年度で一〇〇〇万円を超えることとなる。)にかんがみ、酒類の流通過程を通じて酒類販売代金の円滑な回収を図らしめ、もつて酒税の消費者への転嫁を容易ならしめることにより、酒税収入を安定的かつ効率的に確保することを企図したものである。現に、原本の存在及び成立に争いがない甲第一〇号証並びに成立に争いがない乙第七号証の一ないし三及び第八号証の一ないし五によれば、酒類販売業について免許制度が採用されていなかつた昭和一三年以前には、酒類販売業者が乱立し、業者間の販売競争が激化し、売行不振、乱売競争から、販売業者の倒産、名義変更が年間を通じて全業者数の三割にも達する状況となり、醸造業者もその影響を受けて売掛代金の回収に多大の困難を来し、倒産、廃業する業者が激増し、醸造業者による酒税の納税義務の不履行を招来することとなつたため、酒税収入を確保するため酒類販売業免許制度が立法化され、同年四月一日から実施された経緯が認められる。

右にみるとおり、酒類販売業免許制度は、自由な販売競争を許容することによつて生ずる弊害にかんがみ、酒類販売業者の経営の安定を通じて酒税収入の確保を図るものであり、そのために酒類販売業者に対し物的、人的、資金的な面から一定の経営能力があることを要求し、地域的配慮をも加えるため免許制度を採用したものと解され、既存の酒類販売業者の独占的利益を保護するために採用されたものではないことが明らかである(なお、右のような免許制度を採用した結果、致酔飲料としての酒類の販売に対する規制が加えられ、飲酒運転及び飲酒による交通事故等の防止、アルコール中毒者の発生・増加の防止並びに未成年者の飲酒の禁止等社会秩序の維持、国民保健衛生の確保に寄与するところがあることも、当裁判所に顕著な事実であるが、これは、右免許制度を採用したことに伴う付随的効果として理解されるべきである。)。

そうすると、酒税法九条一項所定の酒類販売業免許制度は、国が国家財政上重要な酒税収入の確保を図るという財政政策的見地から採用した法的規制措置であり、その目的において一応の必要性と合理性を認めることができ、また、その規制手段においても、同法の関係諸規定並びに関連の酒税法施行令及び国税庁長官通達に徴し、それが著しく不合理であることが明白であるとは認められない(本件においては、前記のとおり、原告は酒税法が酒類販売業について免許制度を採用したこと自体の違憲性を主張するのみであり、原告が酒税法一〇条所定の免許の要件(消極要件)のいずれかに該当するために、酒類の販売業免許の申請をしたのにかかわらず(又は同免許の申請をしたとしても)、同免許が受けられず、もつてその職業選択の自由が侵害されたことを主張するものではないから、右免許の個々の要件の合憲性について具体的に判断する必要をみない。)。

以上のとおりであるから、酒類販売業について免許制度を採用した酒税法九条一項の規定は職業選択の自由を保障する憲法二二条一項の規定に違反せず、したがつて、酒税法九条一項の規定に違反するとしてされた本件差押処分も違法、無効でない。

三  よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅弘人 大藤敏 杉山正己)

別紙<省略>

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